ラップランド旅行記

95年12月21日から27日にかけて、
ラップランドのコッテージに滞在しました。ちょうど
寒波が来た時で、ラップランドは特に冷え込みましたが、
天気がよくて美しいオーロラを見ることが
できました。これはその時の旅行記です。

12月21日

ラップランド旅行の参加者は、妻と2才の息子、友人のT氏と私の4人、それから犬のポテも一緒です。われわれが住んでいるタンペレ(Tampere)から、ラップランドの玄関であるロバニエミ(Rovaniemi)までは列車に車を積んで行けるので、便利なものです。20日夜、タンペレを夜行で出発しました。タンペレでもすでに寒く、気温は -20℃近くでした。車の積み込みを終え、寝台に入って寝ることにしました。ちなみに車1台と3人用個室の寝台で、片道 890マルカ(約 21,000円)と、かなりお得な値段です。

ロバニエミ到着予定は翌日の午前6時。その15分ほど前に目が覚めると、列車はもう大きな駅に止まっています。あれ、早めに着いたのかな、と思って駅名を見ると、何とまだオウル(Oulu)、ロバニエミまでは 200km以上もあります。乗客もちらほら起きていて、車掌さんに聞くと到着は2時間ほど遅れるとのこと。しかたがないのでまた寝ましたが、列車は動いては止まりを繰り返し、なかなか進みません。8時、食堂車で朝食をとりながら聞いた車内放送によると、北から来る列車の遅れが影響して、さらに遅れが出ているとのこと。これを聞いた周りの乗客から拍手が起こりました(きっとやけだったのでしょう)。結局ロバニエミに着いたのは4時間以上遅れて10時過ぎでした。夜が明けかけたところで、気温は-30℃になっていました。

列車を降りると、車を乗せた貨車は切り離されて専用のプラットホームに入り直します。それを待つのももどかしく、車にたどり着いて乗り込みました。低温のためシートはカチカチ、クラッチもギアもスムーズに動きません。キーを回すと、セルが鈍く回るだけで、一向にエンジンがかかる様子はありません。見ると、他の車はエンジン保温用ケーブルをつけているではありませんか!フィンランドではどの車にもエンジンのヒーターがあり、冬の朝はこれでエンジンを暖めておくのですが、そのための電源が貨車にも付いていたのです。コンセントが箱の中にあったので気がつかなかった…。 (;_;)

あわてて接続しましたが、近くにいたおじさんが言うには、もう貨車が切り離されているから通電してないだろうとのこと。結局、駅員さんに牽引してもらいましたが、他にも動けない車は何台もいました。駐車場の電源につないで待合室に入ることにしましたが、それまで1時間、-30℃の屋外に出ていたので体が芯まで冷えきっていました。車の中にいればまだましだったかもしれませんが、吐く息が霜となってガラスに凍りつくので、外にいなければならなかったのです。風がなかったのがまだ幸いでした。

15分ほど暖めるとエンジンがかかり、12時少し前に駅を後にすることができました。しかし今度はフロントガラスのファンが回らなくなってしまいました。車には4人+1匹も乗っているので、あっという間にガラスの内側にはまっ白な霜が着いてしまいます。スクレーパーでかき落してもすぐに曇ってしまうのです。これにはまいりましたが、いずれにしても食料の買い出しということでスーパーに車を止め、妻と私は買い物に行きました。この間にT氏が、どう気合いを入れたのかファンをたたいて直してしまい、やっと透明なガラスを取り戻しました。

スーパーを出て国道に入る時、地平線すれすれに太陽が見えました。そういえばこの日は冬至でしたが、ロバニエミは北極圏ぎりぎりなので、ちょっとだけ日が出るのです。これから1週間は太陽にも会えないんだなあ、と思いつつ、北に向かいました。ラップランドへは何回か来ていますが、暗いせいか、どうも景色に見おぼえがありません。これまで旅行したのはいつも夏、太陽が沈まない季節でしたが、今は太陽が出ないのです。夏と冬で極端に違う所です。

ロバニエミ郊外のサンタクロース村で、昼を食べ、絵ハガキなどを買ったついでに、オーロラのことを聞いてみました。「ここでは、オーロラはどのくらいの頻度で見えますか?」「さあ、それはもう、予想もつかないんですよ」。やっぱりね…。「前回見えたのはいつですか?」「そうですね、2〜3週間前かな」。えーっ、じゃあ、1週間いても見えないかもしれない!がっかり、力が抜けていきました。ラップランドへのツアーは日本からも多くあり、オーロラが見えなかったという話は珍しくもないとはいえ…。しかし先へ進むしかありません。目的地のネリム(Nellim)までは、まだあと 330km もあるのです。

ソダンキュラ(Sodankyla)あたりからは、道路の案内標識がフィンランド語とサーミ(ラップ)語の2言語表示となります。まだ午後3時半だというのにまっ暗になり、あたりに灯火もないので星がよく見えます。行き交う車も少なくなり、こんな所でエンストしたら、と思うとぞっとします。しかし道路は充分広く、除雪も完璧で、80km/h 程度で走ることができます。

スキー場のあるサーリセルカ(Saariselka)の丘を越える時、見通しのよいなだらかな斜面に鉄柱が一直線に続いているのが見えました。あれはリフトかな、それとも高圧線、と見上げながら下をくぐると、その空に明るさの濃淡が…、なんだ、オーロラが出ているじゃないですか。北からやや西よりの空一帯に、薄いカーテンのような光が、ところどころ広がっていました。初日から見えるとは、何て幸先がいいんだろう。急いで車を止めようとしましたが、ちょうどいい所がなく、やっと車から降りた時には、オーロラの光はもう弱くなっていました。でもこれで車の中の雰囲気も明るくなり、「これが最初で最後だったら」なんて冗談も出ましたが、まあ1週間見えなかったという事態だけは避けられた事にほっとしました。

そこからほど近い Kamisak ハスキー牧場で、犬ぞりの予約をしました。ハスキー犬が50匹もいて、みんな人なつっこくて、かわいい。生後2か月の子犬たちも見せてもらい、息子が大よろこび。オーナーに「さっきオーロラを見ましたよ」と言ったら、「それはラッキーでしたね」「じゃあ、いつも見えるというわけではないんですか?」「うーん、出ているときに空を見ているかどうかだね」。なるほど、それなら滞在中、強力に監視をせねば。

そこを出るとすぐイバロ(Ivalo)、ここはかなり大きな町で、店もたくさんあります。電光掲示板では気温 -35℃と表示されていました。コッテージのあるネリムまでは、ここからわき道に入ってあと 40km、パンフレットによれば買い物はイバロまで出てこなければならないということで、いったいどんな所なんでしょう。ガソリンスタンドもないだろうと、とりあえずガソリンを補給しました。ソダンキュラではタンペレと同じくらいの値段なので油断していたら、ここでは10%ほど高くてリッター 5.28MK(約126円)でした。ここから道は細くなり、起伏が大きくなりましたが、相変わらず除雪は完璧です。午後7時、やっとコッテージに到着しました。

オーナーは自宅のあるロバニエミ(つまり 300km 以上も離れた所)にいるということで、ちょっと不安でしたが、コッテージには灯りがつき、暖房も入っていたのでほっとしました。コッテージはログハウスで、広い居間には暖炉もあり、部屋の隅には大きなクリスマスツリーも飾ってありました。そして、うれしいことに薪サウナがあります。今どきサウナはほとんどが電気ですが、薪のサウナは一味も二味も違うのです。二階部分はロフトですが、20平方メートルと結構広く、ベッドが4つありました。居間のソファーベッドと合わせて6人まで泊まれるようになっています。インテリアやキッチンの設備もまずまずで、居ごこちはよさそうです。ちなみに値段は、予約手数料込み6泊で 2069MK(約5万円)でした。

早速サウナに入って暖まりました。そして裸のまま -35℃の屋外へ出ると、自分の体からものすごい湯気が上がり、あっという間に髪の毛が凍ってしまいます。全身が急速に冷却されていきますが、それでも2〜3分は出ていられるのです。空を見上げると、またオーロラが出ています。うーん、いい気分。長かった一日の疲れが吹き飛びます。

こうしてビールを飲み、暖炉で焼いたソーセージを食べ、眠りについたのでした。

12月22日

朝8時半起床で朝食、外を見るとまっ暗です。9時ごろ、東の空がちょっだけ白んできましたが、まだ星がたくさん見えています。気温は -37℃。外にいると、鼻の穴の中が凍り、うっかり唇をなめるとそれも凍ります。息がマフラーに霜となって凍りつきます。気温が低いときは雪の上を歩くとキュッキュッと音がするものですが、ここまで低くなると、ギシ、ギシときしむような、耳障りな音になります。電話ボックスから電話をかけようとしましたが、硬貨を受けつけてくれません。-20℃程度なら慣れているつもりでしたが、こんな寒さは想像もしませんでした。まあ、プラスの 20℃と 37℃も相当違いますもんね。

午前10時、やっと夜明けらしくなってきました。車はヒーターのおかげでちゃんとエンジンがかかったので、7km 先のロシア国境まで行ってみることにしました。

村の中を通る道の両側には、近代的な造りの家がちらほらありますが、まるで人気がありません。フィンランドでは、ロシアとの国境の手前 2km くらいから緩衝地帯になって、道のない所へは立入禁止になりますが、その標識が道の両側に見えてきました。パスポートは持っているし、何も問題ないだろうけれども、ちょっと緊張します。ゆっくり進むと、道に遮断器が降りている所まで来ました。その向こうはロシアなのです。遮断器の上の標識に、写真撮影禁止とかいろいろ注意が書いてあります。左側のちょっと離れた所に事務所のような建物があり、われわれの車を見て人が出てきたようです。これ以上進むつもりはないので、Uターンしました。同行のT氏に、「あの建物の写真撮っておいてよ」と頼んだら、シャッター音と共にフラッシュが…。おいおい〜、危いじゃないかあ〜。ちょっとびびりながら引き返しました。

帰る途中、枝道に入ってあてもなくドライブしました。ラップランドらしく、なだらかな丘と森が続き、いい景色です。ちょうど昼ですが、もちろん太陽は出ず、南の空の雲がまっ赤に染まっています。昼焼けとでも言うのでしょうか。そして午後2時にはだいぶ暗くなり、夜のオーロラ観測のため、しばらく休むことにしました。

この日も天気がよく、日が暮れるとまたオーロラが出始めました。まず、北西の低い所から北の空の見上げる辺を通って北東までの、幅の広いアーチ状のオーロラ。これはぼんやりと青白く、弱い光ですが、ずっと安定して出ていました。2〜3時間に1回、このアーチ型がくずれてくると、活動が始まります。アーチから南側に、明るい筋状のオーロラとなって分れたり合わさったり、と目まぐるしく動きます。天頂近くから南側にかけてのオーロラは、特に動きが速く、あっという間に形が変わっていきます。ろうそくの炎を拡大したように見えたり、白い帯が流れるように見えたり、うず巻いたり、まさに変幻自在、空いっぱいの大きさのものが、ダンスするように形を変えるのは、不思議としか言いようがありません。

動きが活発な時は、色もよく見えます。緑色が基本ですが、明るい所は白、その両側に時おり紫色も見えました。北西の空低く、黄色のオーロラが見えたこともありました。ちょうど新月で、周りにもあまり灯りがなかったことが幸いしたようです。ひと晩に2〜3回、こういう活発な動きがありました。

こう書くと、オーロラのショーをずっと楽しんでいたようですが、実はもうちょっと悲惨です。(^^; なにしろ気温が -37℃なので、オーロラを見るにも完全武装が必要なのです。外に出る時は、まずセーター、マフラー、スキーウェア、その上にもう1枚ジャケットを着ます。そして帽子をかぶり、手袋をして、ブーツをはくと、やっと外に出られます。が、しばらくすると手足の先から、しびれるように冷えていきます。一方、家の中にいる者は「きれいなオーロラが見えるぞー」という声を待ち、消防士のように急いでしたくをして飛び出すわけです。

しかし「オーロラは出てるけど…まだ見ごろじゃないなー」などと言いながら戻ってくることも多く、脱ぐのも一苦労。室内着のままで、急いで見てくることもできますが、当然のことながらそう長くは外にいられません。いいオーロラが見え始めたので、帰ってしたくをするうちに消えてしまった、などということも何度もありました。さらに、うっかり外でメガネに息でもかけると白く凍りついてしまい、溶かすために室内に戻らなければならなかったりで、とにかく約60度の温度差の中を行き来するのは大変なことでした。室内から見ることができれば便利なのですが…そこまで欲ばっちゃいけませんよね。

12月23日

今日は犬ぞりです。予約は10時なので、9時にコッテージを出発、イバロ経由で 50km ほど離れた Kamisak ハスキー牧場へ。天気はよく、気温は少し上がって -22℃でした。

牧場に着くころ、夜が明けてきました。まずは身じたくです。すでに着ているものの上に、専用のつなぎを着て、手袋をします。2才の息子は寝袋に入れました。そりは2台、1台めは妻が息子をかかえて座り、私が運転(?)します。これには6頭、もう1台のT氏のそりは1人だけなので5頭のハスキーがつながれています。「よろしくなー」と頭をなぜると、皆あいそがよくて、あーかわいいこと。

出発前にそりの操縦方法を聞きました。犬が止まったら、そりが動かないようにかぎ状のブレーキを踏む、下り坂では減速のプレートを踏む、登り坂では足でこぐ。簡単です。何しろ犬がプロですから。準備をしていると、犬たちが興奮してわんわんわんわん、早く走りたいようです。オーナーのおじさんがスノーモービルに乗って先導し、さあ出発。

わっ、驚きました。すごい加速です。3時間コースなのに、そんなに飛ばして大丈夫かあ? 牧場を出ると、すぐ道は森に入り、静かな中をそりの音だけが聞こえるのはいいものです。トナカイの群れが、ひっそりと横切ったりします。ふと見ると道の分岐があります。どうもスノーモービルは先に行ってしまったようです。どっちへ行ったらいいんだろう、と思う間もなく、犬たちは右の道を選びました。心配する必要はありませんでした。

林を抜け、凍った湖の上を通り、犬ぞりは進んでいきます。10分走って1〜2分小休止します。登り坂になるとスピードが落ちるので、足で蹴って勢いをつけるのですが、このタイミングが遅いと、犬たちがちらっちらっと後を振り返ります。「なにやってんだよー」「ちゃんとこげよー」と言っているかのようです。ふうふう。T氏ひとりのそりは、さすがに軽いようで、全くこがなくてよかった、と後で言っていました。

1時間ちょっと走って休憩の小屋に着きました。おじさんは手早く火をたき、熱いベリージュースを出してくれました。たき火でライ麦パンのサンドウィッチを焼き、コーヒーを沸かします。やっと体が暖まってきました。いろいろ話を聞くと、88年の冬は特に寒くて(これは南部でもよく聞きました)-50℃近くまで下がったとか。そんな時でも犬は走れるのだそうです。おばさんは南部のトゥルクにも住んだことがあるが、冬が冬らしくないので、またラップランドに戻った、とか。さらに聞くと、この夫婦はタンペレに住んでいる私の知り合いの友人でした。いやあ、世間って狭いというか。

さて、休憩も終わり、後半の始まりです。もう、どの辺にいるのか見当も付きません。後半は起伏が激しくて、登りは少々きつく感じました。と言ってもそれは私だけで、妻とT氏は乗っているだけで楽だったはずです。しかし次々と変わっていく景色はとても楽しく、犬ぞり以外ではなかなか行くことができないラップランドの原野は、なかなかいい所でした。

この日の晩は、ほとんどオーロラが見えませんでした。というか、空全体に広がっているうっすらと白っぽい光が、おそらくオーロラだったのでしょう。薄曇りのようでありながら、雲と違うのは星がはっきり見えていることです。また、しばらく見ていると、その光が濃くなったり薄くなったり、動いているのが分ります。もう少しまとまってくれれば、きれいなオーロラになるはずだがなあ、などと言いながら、何度も外に出てみましたが、寝るまでオーロラらしいオーロラを見ることはできませんでした。

12月25日

世間はクリスマスの朝、きっと静かに祝っていることでしょう。人影もまばらなコッテージの周辺は何も変わりがないように見えます。今日はちょっと遠出してみようかということで、イバロからさらに北へ向かってドライブすることにしました。気温は -37℃、この寒さにもだんだん慣れてきました。

イバロからイナリ湖ぞいに 40km ほど北上すると、イナリ(Inari)の村があります。夏は、みやげ物屋などもある、のんびりしたリゾート地ですが、今はまばらに家が見えるだけで、ひっそりとしています。イナリを過ぎると、行きかう車もほとんどなくなりました。20km ほど走ってカーマネンに来ると、交差点があります。左はノルウェーのカラショク(kalasjok)、直進するとフィンランド最北の町、ウツヨキ(Utsjoki)です。7年半前の夏、カラショクを経由してノールカップへ行ったことがあるので、今回はウツヨキへ向かうことにしました。

しばらく進むと、周りはひたすら広い雪原になってきました。背の低い木がところどころ生えているだけです。その中を、1本の道だけが、まっすぐに続いています。いかにも「さいはて」という雰囲気がして、その広さにもかかわらず、景色が重苦しく感じられます。この地の先のどこかに、まだ人の住む町があるとは信じられないくらいです。午後1時、ウツヨキまで 60km のところまで来ましたが、景色はいっこうに変わりません。ただ、暗くなり始めて吹雪いてきたので、これ以上進むのはあきらめて、引き返すことにしました。同じ道を通って帰るのはちょっと残念でしたが、ほかに道がないので仕方ありません。イバロでガソリンを入れた時には、また人の住むところに来たんだなと、少しほっとしました。

コッテージに戻ると、気温はちょっと上がって -22℃、例によってサウナに入り、外に出てオーロラを楽しみました。時々雲が出てきましたが、オーロラはよく見えました。どうも午後7時ごろと11時ごろ、よく見えることが多いようです。

夜になってさらに気温が上がり、-17℃になりました。装備も軽めにできるし、ずいぶん暖かい気がします。顔に当たる風が、春のそよ風のように感じられました。

この夜もオーロラがよく見えました。写真も撮りました。カメラはキャノンF−1(古い…)、レンズは 50mm F1.4 と 28mm F2.8 です。オーロラの写真の撮り方をよく調べておかなかったのが悔やまれましたが、とにかく撮ってみるだけは撮ってみようと、開放か1絞り絞って、5〜30秒程度の露出で撮りました。一番後悔したのはレリーズを買ってこなかったことです。カメラがブレないように注意しましたが、手で押さえているため、写真を見ると分かるように、どうしても動いてしまっています。40枚ほど撮って、まあまあよくできたのはページの最初に掲げてある数枚でした。

分かったこととしては、標準より広角レンズの方がオーロラらしい画になること、撮った中では長く露出した方がよかったこと、構図として地上のものを入れた方がイメージがわきやすい画になること、などです。それからフィルムを惜しまずにたくさん撮ればよかったと思います。

しかし、観光地へ行ったときでもそうですが、写真を撮るのはそれだけで色々と気を使い、目で楽しむ余裕がなくなります。すばらしいオーロラが出てくると、写真に撮らなきゃと思う反面、もう写真なんかどうでもいいから自分の目でよく見ておきたい、という気持が交錯しました。

12月26日

朝の気温は -19℃でやや暖かく、一日じゅうほとんど変わりませんでした。昼間は近くでクロカンスキーをしたりして過ごし、夜のオーロラ観測に備えました。今晩がここで最後の夜となるのです。

ところが…、なんとこの日に限ってオーロラは出なかったのです。薄い雲が空一面を覆い、わずかに星が見えるものの、オーロラは影も形もありません。夜の間、何度も外に出て見ましたが、ときどき晴れてもオーロラは見えません。もうがっかり…。美しいオーロラを目に焼きつけて帰ろうと思っていたのに。昨日まで毎日見えたので、今晩も見えて当然と思っていましたが、甘かったのですね。

12月27日

今日はもう帰る日です。午前中は荷物の整理とコッテージの掃除をし、昼前に出発しました。ロバニエミからタンペレに向かう夜行に乗ればいいので、時間には余裕があります。1時半、サーリセルカとソダンキュラの中間にあったレストランでお昼を食べました。定食でトナカイ肉のシチューでしたが、これはなかなかおいしくて、量もたっぷり、得した気がしました。しかも2才の息子にはタダで1皿もらってしまって…どうもごちそうさま。

3時半、ソダンキュラでガソリンを入れると、もうまっ暗になってきました。あとまだ 200km 近くあります。ひとりで運転しているため、少し疲れが出てきましたが、他にドライバーがいないので仕方ありません。悪いことに小雪が降ってきました。ヘッドライトの光が向かってくる雪に映り、幻惑されそうになります。疲れていることもあり、駐車帯にしばらく車を止め休みました。

この際、コーヒーでも飲もうかと、しばらく走ってみることにしました。ちょうどドライブインの標識が見えたので減速しましたが、後続車がぴったりくっついているのが気になります。左側に灯りが見えたので、そのドライブインに入ろうとすると、実はそれは民家で、ドライブインは右側にあったため、充分スピードを落とさずに急ハンドルを切ってしまいました。

あっという間に車は横滑りして、道路の横に積み上げてあった雪の山に激突…。幸い事故にはなりませんでしたが、抜け出せなくなってしまいました。ちょうど通りかかった郵便バスに引っぱってもらって脱出することができましたが、まあ大事に至らなくてよかった。コーヒーを飲んで落ち着きを取り戻しました。

ロバニエミでは時間があったので、オウナスバーラの丘の頂上へ行きました。晴れていましたが、やはりオーロラは見えません。ここにはホテルがあって、その屋上から見る夜景がきれいでした。手前にライトに写し出されたゲレンデがあり、その周りは樹氷に囲まれ、遠くには川をはさんで街の灯りが見おろせます。

きれいなのはいいのですが、気温は -20℃、風が強くてすごい寒さです。帽子を車に置いてきてしまったので、耳がちぎれそうになり、早々に引き上げ、駅に向かいました。

駅のレストランで軽く食事をし、列車に車を積み込みました。この時、駅員さんが、エンジンのヒーターを接続するのを忘れないように、と言ってくれましたが、到着の時のあの苦い経験を忘れるはずがありません。どうせなら、タンペレの駅員さんが言ってくれればよかったのに…。(;_;)

今回は遅れもなく、28日早朝、無事タンペレに到着しました。そして楽しかった旅行も終わりましたが、すばらしいオーロラが、まだ目に焼きついています。できることなら、また行ってみたいと思います。でも、「見えないかもしれない」というリスクを負って行けるかどうかは、ちょっと疑問です。

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